ASD(自閉スペクトラム症)を抱えながらはたらくことに、難しさを感じる方もいるのではないでしょうか。1人で自分の適性に合った就職先を探したり、就職後の悩みと付き合ったりするのは大変かもしれません。パーソルダイバースの就労移行支援事業所「ミラトレ」を利用し、一般企業への就職を叶えた卒業生は多くいらっしゃいます。今回紹介するのは、ASD(自閉スペクトラム症)の30代男性の就職事例です。感情のコントロールや慣れない環境での活動に課題のあったCさんが、就労移行支援を活用して就職するまでのストーリーと現在の様子をご紹介します。
人間関係問題に悩んだことがきっかけで病院を受診
学生時代から人間関係に難しさを感じることが多かったというCさん。高校時代は同級生との関わり方に悩むことも多かったといいます。
その後、飲食店に勤務されましたが、接客態度についてお客様から注意を受けることもあり、退職を決断したそうです。対人関係の悩みがご自身の心身状態に目を向けるきっかけとなり、医療機関を受診されました。結果、自閉スペクトラム症(ASD)という診断を受け、障害者手帳を取得したそうです。
家族の勧めでミラトレに入所。自身の課題が浮き彫りに
ご本人は障害者支援を受けることに対してあまり意欲的ではなかったようですが、お母さまの献身的なサポートによって、障害との付き合い方を模索し始めました。地域若者サポートステーションや発達障害者支援センターを訪問し、サービスやプログラムを利用したそうです。その後もお母さまが自閉スペクトラム症に関する情報収集を続け、ミラトレを知っていただきました。
ひと口に自閉スペクトラム症(ASD)といっても特性はさまざまですが、Cさんの場合、新しい環境に順応するまで時間がかかるようです。ミラトレに体験入所した日から通所まで、数カ月の月日を要しました。それでも心の準備が整ってからは、継続的にフルタイムで通所されるようになりました。ご家族の理解と後押しがあったからこそ、継続的に通所できたと感じています。
【課題1】人との距離感がつかめず感情を爆発させてしまう
初めてミラトレに入所された時の第一印象は、「話し上手でコミュニケーション能力が高い方」。体力面の心配もなく、週5日の安定通所からスタートしました。しかし通所を重ねるにつれ、時に感情のコントロールが効かなくなることがわかってきたのです。ある時は、「朝、マナーの悪い人を見かけた」と言って、午前中、怒りが収まらないようでした。また、一日中黙り込んだ日の夕方に怒鳴ってしまうということも起こりました。
メンタルヘルスの一環としてアンガーマネジメント講座を受講していただいたほか、感情をコントロールできず表に出してしまう日は個別に面談をして、気持ちの折り合いをつけられるようサポートしました。順番を整理し、筋道を立てながら説明すると、自分の精神状態を客観的に見られるようでした。
【課題2】環境の変化に対応できない
新しい環境になじむまで時間がかかるという点も、特性の一つでした。普段、ミラトレでできていたことが、初めて訪れる場所では同じようにできず、歯がゆい思いをされることがあったようです。
ミラトレでも、一般的な職場に近い環境をつくり出して体験活動をおこなうなど、環境に慣れるトレーニングを実施しています。トレーニングを通じてご本人のスキルを磨いただけでなく、新しく入所された方にもレクチャーするなど、主体的に動く場面も見られました。
【課題3】医療への抵抗感がある
ご本人の話を聞く中で、自閉スペクトラム症(ASD)以外 の身体症状をお持ちではないかと気づきました。感覚器官の不調による不快感が、イライラや集中力の低下を招いていることがわかってきたのです。
自閉スペクトラム症と上手に付き合うためにも、身体症状の緩和が先決でした。しかし、自分から動くことや慣れない環境を苦手とするCさんにとって、通院は大きなハードルです。薬の服用や機械による治療にも抵抗があったため、自閉スペクトラム症(ASD)の受診だけでなく内科受診も必要となると、心身に負担がかかるようでした。定期的に通院できるよう、医師への相談の仕方をアドバイスするなど、根気強く働きかけをおこないました。
理想の職場と出会い、就職を果たすまで
ご家族の勧めでミラトレに通所し始めましたが、いったんミラトレの環境になじんでからは、持ち前のコミュニケーション能力を発揮。ミラトレでもご本人の個性や能力を発揮できるよう環境づくりに取り組みます。
企画広報部の実践トレーニングで成長を実感
ミラトレ事業所内で活躍の場を模索した結果、広報誌の制作をお願いしました。あまり自発的ではなかったCさんが、企画広報部ではリーダーシップを発揮します。支援員の不在時も、積極的にメンバーとコミュニケーションを図り、作業の進め方やスケジュールについてディスカッションしていました。自治体が開催する障害者交流会の実行委員会にも加わり、提案力や発言力を磨いていきます。
支援員と歩調を合わせ就職活動に全力投球
就職活動を開始したのは、ミラトレ入所から1年が過ぎた頃でした。ご本人に焦りはなかったようですが、2年間という就労移行支援事業所の利用期限が迫ってきていたため、支援員から就職活動を促しました。
就職活動を始める際、ご本人はあまり体を動かす必要のない事務職を希望していましたが、身体症状などを踏まえて作業系の求人も選択肢に加えることを提案します。双方の業種に求職し、2週間程度の委託訓練や1dayの企業実習に参加して、適性を探る日々が続きました。そのような中、企業実習に行かせていただいた企業のキャッチコピーにインスピレーションを受けたそうです。働き手を鼓舞するような言葉に共感し、「この会社しかない!」と心に決めてからは、内定を目標に意欲的に取り組みました。それまでご本人はどこか受け身な様子でしたが、希望の就職先が見つかってからは発言も行動も前向きになったようです。
ご本人の熱い思いを受けて、支援員をはじめミラトレスタッフ全員で同じ目標に向かって進み始めました。心身ともに良好な状態で活動できるよう、毎日、身体症状や精神状態を確認。ご本人も身体症状を緩和できるよう、苦手な対症療法にも取り組んでいました。企業の人事担当者とも得意分野や身体症状について意見交換しながら、理解を深めていきます。持ち前のコミュニケーション能力をアピールした結果、企業に貢献できる人材と判断していただき、ミラトレ通所開始から1年4カ月後に晴れて就職を叶えました。
上司との関係性を深めた定着期間
念願の企業に入社したものの、定着期間中はさまざまな苦労がありました。ちょうどその頃、おじいさまが体調を崩されたことで、Cさんの精神状態が低下。支援員から企業側に連絡し、勤務形態などについて配慮していただけないかお願いしました。生活や体調の変化と心身のバランスを確認しながら、就職後のサポートも継続しています。
就労経験が少なかったことで、ビジネスマナーを習得しきれていなかったことも勤務上の懸念事項でした。支援員と企業の間で毎日のように連絡を取り合うほか、ご本人とも月一回、面談の場を設けました。仕事に対する思いを分かち合えるよう、面談日以外もミラトレに足を運んでもらいました。ご本人とお母さま、企業側の担当者とケース会議をおこなったこともあります。問題解決に直結しなくても、ビジネスマナーを習得できない事情や、うまくいかない場合の対処法について企業側と共有できました。
就職後もさまざまな課題はありますが、理解ある上司の方が寄り添ってくれたおかげで安心して仕事に打ち込めるようになったそうです。ビジネスマナーがいたらないときも、「彼の個性として理解しているので大丈夫です」「新卒社員だと思って接しています」と言ってくださいました。
障害を受容し、「人の役に立てる」仕事を
就職したことは大きなゴールでしたが、それ以上に就労支援や就職活動を通じて目標を見つけ、努力する喜びを実感できたことが、Cさんにとって何より大きな収穫になったのではないでしょうか。時にはご本人が目指す方向性と周囲が求める方向性にズレが生じて、空回りしてしまうこともありますが、「人の役に立つ仕事をしたい」という思いは日増しに強くなっているようです。社会人として新たな飛躍を遂げられるよう、ミラトレはこれからもサポートしていきます。
※プライバシー保護のため、事実を元に文章を一部再構成しています。
執筆 : ミラトレノート編集部
パーソルダイバースが運営する就労移行支援事業ミラトレが運営しています。専門家の方にご協力いただきながら、就労移行支援について役立つ内容を発信しています。