今回紹介するのは、発達障害のある20代女性の就職事例です。幼少期より自分の意見を肯定されてこなかったJさんが、ミラトレを利用して就職するまでのストーリーと現在の様子をご紹介します。
空気が読めずいじめの対象になった小中時代
お母様いわく、幼稚園の頃から変わった子だったというJさん。急に走り出す、好きなことには集中するが嫌なことは一切しないといったデコボコ感のある子どもだったそうです。思ったことをそのまま相手に伝えてしまうことから、小学生になるといじめの対象となってしまい、小中学校のときは辛い経験をされたと言います。いじめも加速していた中学時代、担任に空気が読めないことから発達障害を疑われ、受診を勧められたJさん。当時はイライラを収められないと自分の体を叩いてしまうなどの激しい様子もあり、主治医から「ASD(自閉症スペクトラム)」の1級と診断されたそうです。
診断を受けたJさんは、「やっぱりおかしかったんだ」「病気だから仕方がないかな」と落ち着かれたと言います。何もなくてもイライラすることが多かったのが、薬を飲むとイライラが収まることから病気の受け入れはできたようです。しかし「障害者」という意識はなく、「ちょっと変わっているから人と仲良くできないんだ」といった仕方ないという受け入れ方だったと言います。そして中学卒業後は、フリースクールへと進みました。
「すごいね」と自分の意見を初めて肯定された
ミラトレでは、フリースクールの学生向けに長期休みを利用した体験実習を行っています。フリースクールの保護者向け講演に参加したお母様が興味を持ってくれたのをきっかけに、18歳のときに体験実習を利用されました。この時は、お母様に無理やり連れてこられたためか、表情も暗く伏し目がちで、何を聞いても「はい」としか答えてくれなかった印象でした。
しかし、この体験利用でのグループワーク中に自分の意見を述べた際、大人の利用者から「その意見すごいね」「そんなこと思いつかなった」と声をかけられたのです。今まで「余計なことは言うな」と教えられていて、自分の意見を褒めてもらえた初めての経験でした。
Jさんは幼い頃からピアノを習っており、音大に行ってピアニストになるという夢がありました。しかし、音大受験をした際、実技は問題なく通るものの面接がうまくいかずに不合格となってしまいます。音大は無理でもピアノを趣味として活かし、将来はピアノの先生になろうかとも考えたそうですが、コミュニケーションが難しいと断念します。ピアノの道を諦めたときに、新たな選択肢として浮かんできたのが、就労移行支援事業所を利用し、就職するという道でした。
学びの意欲は高いものの、まだ学生の延長だった
両親から就職を促されていましたが、本人は仕事に就くというイメージがなかなかできていない様子でした。ミラトレの利用を決意したものの、本人としては「体験実習でやったパソコンの続きがしたい」という動機だけで、就職はできないものという先入観があったようです。
パソコンには興味を持ってくれていたため、タイピングから受講を開始。やればやるだけ成果として表れるのが嬉しい様子でした。ビジネスマナーに関しても、初めて知ることばかりだったので「もっと知りたい、学びたい」という気持ちが強かったJさん。講座の際にもきちんとノートを取っていたり、積極的に質問する様子が見られました。
一方で、若い利用者にはありがちな「学生の延長」といった課題も見受けられます。スタッフに対する言葉遣いやスケジュール管理など、改善しなければならない点が多くありました。まずは何時に起きて、何時に家を出なければならないのかというところから支援します。曖昧なことが苦手でしたので、具体的な指示を丁寧に出すことや、とりとめのない質問にも丁寧に答えることで、信頼関係を築いていきました。特に「みんなから嫌われている」という意識が強い方でしたので、「Jさん」ときちんと名前で呼びかけるように意識しました。徐々に、他の利用者とも打ち解けていく様子も見られました。
通所開始当初の様子やその後の変化
利用当初から、週5日順調に通えていたので、体力的な問題は特にありませんでした。聞けば学生時代から、どんなに辛くても欠席せずに通学していたと言います。体力に加え根性もある方でした。
ミラトレに来たばかりの頃は、自身の障害について「人から嫌われる」という認識でしたので、最初から「自閉症スペクトラム」について説明するのではなく、認知面談の中で本人にどのような困りごとがあるのかを丁寧に聞き出すようにしました。そしてそのような困りごとは障害によるものと説明しながら、解決方法のアドバイスを繰り返します。そうした面談の中で、本人の障害受容も少しずつ進んだように感じています。
そのような中、新型コロナウイルス感染症の影響から、トレーニングもリモートにせざるを得なくなります。在宅でのトレーニングとなりましたが、この期間で生活が崩れてしまいました。家にいる時間が長くなることでチックの症状が出てしまったり、集中力がある方だったのに講座中の集中力がなくなったり、居眠りしてしまったりといったことがあったのです。そのためコロナ禍ではありましたが通所に切り替え、引き続きトレーニングを受けてもらうことにしました。通所に切り替えてもなかなか改善が見えなかったJさん。一日中過去のことを考えている、腹痛でトイレに閉じこもり出てこないといったこともありました。トイレに行っている時間を紙に書き出すことや、タイマーを持ってトイレに行くなど工夫することで、徐々に閉じこもる時間も短くなっていきました。本人からも「長く感じたので早めに出てきました」という言葉が聞けるにようになります。
企業実習で得た評価が自信に
在宅になる以前に企業実習に行く予定がありましたが、在宅期間中の生活の乱れを整えるため、実習は先送りにしていました。トイレに閉じこもることも少なくなり、クリニック同行の際主治医からも実習に行ったほうが改善する可能性もあると判断をされ、受け入れ先企業の実習を受けることに。実習先の評価は高く、メモを取ったり質問したりする姿勢を褒めていただけました。そのまま企業側から選考のご提案をいただき、応募へと進みます。
最初の実習先ということもあり、応募書類の準備もできていませんでしたが、志望動機などを支援員と共に整えていきました。実習前は、就職できるか、意地悪な人がいないかなどの不安を口にしていましたが、実習中に「飲み込みが早い」などと褒めてもらえたことをきっかけに、楽しみにしている様子も見られます。そして、ミラトレ利用開始から1年10カ月後、無事に実習先である不動産関係の特例子会社への就職を叶えました。
新しい環境で新しいことを覚えるのは好き
就職先の特例子会社は、ミラトレからの卒業生も数名受け入れており、企業の担当者とも良好な関係を築けています。一人ひとりの良い点を見つけるのが上手な企業ということもあり、受け入れを相談したところ「まず実習で見てみましょう」と言っていただけ実習へと進んだ経緯がありました。
Jさん本人も、実習で自分を受け入れてくれたと感じることができたので、正直他の企業は考えていなかったようです。担当者からは、勉強熱心なところや曲がったことが嫌いなところなどを、高く評価していただきました。また、ご本人の空間認知能力が優れており、業務内容と上手くマッチした点も就職に繋がったと感じています。
現在は契約社員としてはたらいていますが、在宅勤務と出勤が半々くらいだそうです。在宅が苦手なことも考慮してもらい、在宅勤務時にはやることを明確にしてもらうよう求めています。その他にも、質問にはきちんと答えてもらい、すぐに答えられない場合はその旨を伝えるようにもお願いしています。
しかし何よりも、本人が新しい環境で新しいことを覚えるのを好む傾向にあるため、不安を上回るほど夢中になって新しい業務に取り組めているようです。笑顔を見せるのはまだ難しいようですが、何かをお願いされたらその人の方を向くなど、小さなことから始めようとされています。
誰もが自分に聞いてくれるような存在になりたい
Jさんが就職先の企業に定着できているのは、一番はマッチングが大きいと思っています。指示出しが丁寧で、やることが明確な職場のため、迷わずに業務に取り組めているようです。また、業務内容や職場の雰囲気も、1年超を過ごしたミラトレの事業所のものと近く、安心できる場となっていると思います。
現在は、苦手な在宅勤務の際には気分転換にピアノを弾いたり、マニュアルを読み込んだりと自分なりに工夫しています。就職したことにより家族関係も良くなり、初任給でお祖母様にプレゼントを贈ったと話してくれました。今後は現在の業務で、誰もが自分に聞いてくれるような、頼られる存在になりたいと話しています。
※プライバシー保護のため、事実を元に文章を一部再構成しています。
執筆 : ミラトレノート編集部
パーソルダイバースが運営する就労移行支援事業ミラトレが運営しています。専門家の方にご協力いただきながら、就労移行支援について役立つ内容を発信しています。